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心地いい暮らしを送るスペシャリストたち Vol.34 クリエイティブプロデューサー 飯田昭雄さん

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心地いい暮らしを送るスペシャリストたち Vol.34 クリエイティブプロデューサー 飯田昭雄さん

心地いい暮らしを送るスペシャリストたち 2026.04.24

1990年代からサブカルチャーやストリートシーンを牽引する存在である、クリエイティブプロデューサーの飯田昭雄さんが『心地いい暮らしを送るスペシャリスト』に登場です。
クリエイティブプロデューサーとして、独自の企画とプロデュースで新しい挑戦や課題解決に取り組む中、2021年夏より長野県青木湖に拠点を移した飯田さん。神秘的とも言える自然に包まれた場所で見つけた、心地いい暮らしとは。

夫婦の夢を叶えられた青木湖との出会い

-現在、拠点は長野県ということですが、移住のきっかけはどんなことでしたか?

移住前は東京で暮らしながら、僕も妻もアメリカの会社に勤めていました。すでにフルリモートで働く中で、コロナ禍になりました。

その時に、妻が「実は私、湖畔に住むのが夢だったんだ」と話し始めて、初耳ではあったのですが、「じゃあ、湖畔をリサーチしてみよう」となり、まずはワーケーションがてら湖畔探しを始めました。

妻と一緒に日本地図を見ながら、なんとなく指さしたのが、今住んでいる長野県の青木湖あたりです。ここは仁科三湖(にしなさんこ)といって、湖が3つ並んでいる場所なのですが、一番南の木崎湖でワーケーションした際にドライブで他の湖にも行ってみた時、青木湖の水がとにかくキレイで……。湧き水でできている湖なのですが、日本でトップクラスの透明度が高い湖です。その美しさは神秘的で、なおかつこのエリアに住んでいる人も少なく、僕たちの理想に近いと感じました。

それまでは、ハワイ島で物件を探したり、軽井沢や鎌倉も候補として考えたりしていたのですが、どこも気分が上がらなかったです。だけど、青木湖に来た時、「すごいね」と。「こんなにキレイな湖があるんだ」ということから興味が始まり、いろんな縁がつながっていき、桟橋が作れる湖畔の家に出会うことができました。

-いろんな縁とタイミングが重なったのですね。

本当に偶然の縁が、たくさんありました。湖畔リサーチの際によく白馬(長野県白馬村)に滞在していたのですが、その時に利用していたAirbnbのオーナーさんが青木湖に住んでいることを知って、実際に家を拝見させてもらいました。

そこは、ウッドデッキの先に芝生が広がっていて、そのまま湖につながっているロケーションです。オーナーさんが「向かいの友達の家まで遊びに行くわ」とSUP(スタンドアップパドル)で出かけているという暮らし方を見て、「こんな生活が日本でもできるんだ」と、ちょっと衝撃すぎて……。

ずっと東京で生活をしていたので、ビルの真ん中で働くのが日常。でも、心の底では、旅行先を決める時もそうですが、非日常を求めるところがあると思います。青木湖でのその暮らし方は、本当に自然が豊かで、なおかつ僕たちにとってすごく気持ちのいい場所。理想以上の場所に出会いました。

-インタビュー中、画面越しに湖や景色を見せていただきましたが、それだけでも素晴らしさがわかります。

僕たちもこんなにすごい場所は想像していなかったですが、ここに来ると不思議なことが不思議ではない感覚になります。みなさんも「こんな出会いがあるの?」「このタイミングでこういう人に会うんだ」と思うことがあると思うのですが、青木湖という場所に住み始めて、不思議なことが当たり前のように起こります。もしかしたらスピリチュアルと言われてしまうかもしれませんが、その言葉では片づけられないレベルというか、本当に自然と一体になりながら、そういったことが巻き起こる場所です。

先ほども湧水でできている湖だとお話ししたのですが、そもそも湧き水でできているのが珍しいですし、水晶も取れるので、浄化レベルがすごい。生活の質という面で考えた時、水の存在がすごく大事なのだと、改めて感じています。

-確かに水は大事ですよね。

ここでは、自分たちで掘って地下水を使用しています。北アルプスの水と聞くことがあると思うのですが、このエリアは分水嶺(ぶんすいれい)の一番上にあたります。だからこそ、より水のパワーを感じています。

ここで暮らし始めて5年になりますが、ずっと地下からの天然水のみで生活をしているので、あらゆる感覚が入れ替わりました。東京で暮らしていた時においしいと感じていたコーヒーを、東京出張の際に飲んでみると「え?」と、味覚の変化を感じます。東京生活で感じていた当たり前が、今の僕には本当にかけ離れました。

ノイズのない場所がクリエイティブを深める

-現在の暮らしで感覚的なことも含めていろんな変化があったと思うのですが、お仕事をするうえでの違いはどのように感じていますか?

東京はとにかく情報や言葉が多いですよね。東京は、今でも「24時間戦います」状態というか、新しいことを競い合って発信することが当たり前。それを横目で見ながら新しいものを作ることもありますし、クリエイティブに役立てている人はたくさんいます。それもひとつの生き方ですが、ここにいると一切それがないので、僕にはある意味ノイズでしかない。

東京にいると電車やタクシーに乗っていても、自分の意思とは関係なく、勝手に目に入ってくる情報がありますよね。僕が住むこの場所でまず目に入ってくるのは、365日一度たりとも同じ景色を見せない湖の景色です。

僕たちの会社『SNOW G.K』のミッションのひとつに、僕らなりのクリエイティブを通して、“みんなが見たことのない景色を作る”というのがあります。例えるなら、東京は灰色の世界、でもここは、冬になると物理的にも真っ白な世界になります。東京にいた頃とは真逆のやり方で、“みんなが見ていない景色を作る”ということを少しずつ実践し始めています。

ゼロから何かを生み出すのが僕らの仕事のおもしろさのひとつなので、ゼロに近い純白の中で暮らしているからこそ、おもしろいアイデアが思い浮かびます。

-飯田さんはスノーボードが一番の趣味ということですが、そのスノーボードを通してもやはり違いはありますか?

全然違います。東京にいた頃は、純粋に「遊びに行く」という感覚で、山に入らせてもらっているという意識でした。道具も、東京で入ってくる情報をもとに、どちらかというと見た目やステータスを重視していたところがあります。

ですが、こちらで暮らし始めてそういった東京を引きずった道具で滑っていると、どこか自分だけが“外から来た存在”のように感じる瞬間がありました。

僕はバックカントリーが大好きで、そういう場所はガイドやローカルの知識、経験があってこそ入れる領域です。ある時、仲良くなったローカルに「この山で滑るなら、ローカルが国産の木で作ったボードに乗ったほうが、滑りも世界の見え方も変わるよ」と声をかけてもらいました。

ここでは、地元で育った木を使ってボードを作っている人や、国産のウェアを手がけている人たちがいて、スノーボードが単なる遊びではなく、暮らしや文化の一部として根付います。

その話を聞いて、「すぐそばに国産の木でボードを作っている知り合いがいた」と自然に思い、翌日にはそのブランドのボードを買いに行きました。

-そこからまた変化が生まれましたか?

はい。道具を変えたことをきっかけに、少しずつローカルとの距離が縮まっていった感覚があります。早朝に電話が鳴って「今日は〇〇の里山を攻めますか?」と、頻繁に声をかけてもらえるようになって、地元の方たちが大切にしているシークレットスポットにも連れて行っていただけるようになりました。

スノーボードという同じ趣味でも、その土地ごとの向き合い方や価値観がある。それに触れていくことで、自分の楽しみ方も変わっていくのがおもしろいですね。

-お話を聞けば聞くほど、心地いい暮らしのためのアイテムは必要なさそうです。

確かに、アイテムに頼ることはありませんが、CBDアイテムには助けられました。今年のはじめに、スキー場で転倒して足をねんざしました。そこから3ヶ月くらい経過していますが、その間軽く1回滑っただけで、シーズン券を持って春先まで滑る人間としてはありえない。それくらいひどいねんざをしました。

だけど、不自然なものを取り入れたくないので、足を固定する治療が終わった後、自分でマッサージをする時に『CBDバーム<チルミント>』を使っています。香りもいいですし、つけ心地もベタベタしない。足のこわばりや痛みが軽減されている感じがします。

普段から『ボタニカルCBDフレグランス バランス』を持ち歩いています。香りも含めてすごくいいなと思っていたこともあって、チルミントシリーズもロールオンタイプのほうは運転中に使っています。

今の環境そのものが無添加といえるような場所なので、だからこそ、取り入れるものもなるべくナチュラルかつ気持ちのいいものが大事になってきます。

場所を変えることが一番のリフレッシュ

-お話を伺っていて、普遍的で、本質的な暮らしをされている印象を受けたので、飯田さんにはCBDという成分はどういうふうに映るのだろうというのは気になっていました。

僕個人としては、いまだにCBDが色眼鏡で見られているのは残念だと思っています。ヘンプ繊維で洋服を作っている友達がいたりするので、いい形で広がっていくと、世界がもっと平和になると思います。

例えば、台湾だとコンビニに行くと当たり前のように薬膳スープが販売されていますよね。そういうふうに、もっと普通に、それこそコンビニで買えるくらい近い存在になるといいですよね。

東京を離れてみて思ったのが、やっぱり都会の人ほど悩んでるし、疲れてるし、病んでいると思います。

-どうすればいいですか?

ひと言で言うと、リラックスするべきだと思います。やっぱり余白は作らないといけない。みんないっぱいいっぱいの状態だから、そういう時にCBDアイテムを取り入れたりすることが気持ちの余白を作ることにつながることもあると思います。

今も定期的に東京に行きますが、無駄なストレスが多い印象があります。向こうからストレスが勝手に近づいてくる感じ。

-きっと東京に降り立った瞬間、空気が違いますよね。

東京駅に着いた瞬間、「帰ろうかな」と思ってしまうというか、移住して5年経つので、その間に身体が書き換えられた感覚はすごくあります。東京のホテルで歯磨きをしようと思って水道水に口をつけると「あれ?」と思いますし、長く泊まると調子も悪くなっていきます。

-日本に限らず、世界には長野県青木湖のようなピュアな場所はあると思うのですが、飯田さんが今まで訪れた国では得られなかった感覚ですか?

ダントツかもしれないです。それはきっと、縁の話もそうですが、目に見えない何か。いまだに「なんで、こういうところに住めているのだろう」と、毎日感謝して生活しているくらいです。

移住した当初は、よすぎるがゆえに不思議な感覚があったのですが、5年経ってみても、やっぱり言葉では説明できないです。土地に呼ばれる感覚があって、なおかつそこにフィッティングができれば最高な人生が持てると思います。

場所を選ぶ時、例えば、欲や勝手な想像や妄想を優先すると、必要のない何かがついてきてしまうような……生活する場所は本当に出会いで、土地が呼んでくれる縁。東京にいる時は物質的なものの豊かさ、消費することも幸せのひとつだったと思うのですが、そこからは完全にかけ離れています。

-これまでに、物質的なことやステータスを得ることがもたらしてくれる幸せも経験されたと思います。だからこそ、見えるものが本質的な気がしました。

そうですね。そこは本当にありがたいことで、すごく幸せなこと。例えば、「東京のこのエリアに住めたらすごいよね」というのがあると思うのですが、東京での暮らしを思う存分経験できたから、どこか東京は卒業という感覚もありました。

もちろんいろんな生き方があって、東京で暮らすのも選択肢のひとつ。僕ら夫婦は今の暮らしを選んでよかったと、心の底から思っています。

何歳になっても可能性を閉じないことは大事です。今住んでいるところ以外の、セカンド、サードプレイス感覚で、週末だけ、それこそ賃貸から始めてもいいと思います。少しでも都会の外に目を向ければ、日本には本当にすばらしい自然や環境が残っています。場所を変えることは、フィジカル的にも、メンタル的にも一番のリセット方法だと思うので、ぜひ日常のひとつにしてほしいです。

PROFILE
クリエイティブプロデューサー 飯田昭雄さん
編集者、キュレーター活動を通して、1990年代からサブカルチャーやストリート、アートのシーンでさまざまなプロデュースを行う。2021年夏より拠点を長野県大町市にある青木湖に移し、クリエイティブエージェンシー『SNOW合同会社』を設立。超自然の中で生まれるクリエイティブと大好きなスノーボードを楽しんでいる。
Instagram @akiosky